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【コラム】主人の一人旅。

コラム

最近主人が浮かれてます。

こんにちは。埼玉県富士見市のスウェディッシュマッサージサロンMITSUKOの角森です。

6月初めに「同窓会」があるとかで関西へ。そして、ついでだからその足で実家に1週間泊まって来ると。世の中、旦那がいないと気が楽という方も多いでしょう。

「1週間も実家にいて何すんの?」と聞けば、親しい友達に会ったり、レンタカーでお墓参りやそもそもの生家の跡(今は跡形もなく)を見たり、学校巡り、町のいろいろなところを見て回りたいと。
主人の生家は、須佐神社からおよそ5km。当然「須佐神社」もそのリストに入っています。
先日、須佐神社の宮司さんについて書きました。現宮司さんは須佐家第79代。初代宮司さんから、さらに遡ると須佐家のご先祖様(ご始祖様)はクシナダヒメのご両親のアシナヅチとテナヅチ。
ところが、主人はイマイチ釈然としないので、須佐神社にお参りして神官の方に教えを請いたいと言っています。

〇 スサノオがこの地を守るように「アシナヅチとテナヅチ」に言いそれを守ったので、始祖はアシナヅチとテナヅチの2人では?公式ホームページには須佐神社の始祖はテナヅチとあるが?また、出雲の国風土記には、スサノオとクシナダヒメの子、八島士奴美神(ヤシマシヌミノカミ)とあるのは?

〇 アシナヅチ、テナヅチとクシナダヒメが住んでいたのが島根県仁多郡奥出雲町鳥髪。スサノオとクシナダヒメが結婚した後の新居が島根県雲南市大東町の須賀の宮。ここで、スサノオがアシナヅチを稲田宮主神(首長)に任じたのはなぜ?自分でなればいいのに!スサノオがアシナヅチ、テナヅチの叔父だから?

〇 スサノオが霊を鎮めたのが、出雲市佐田町宮内の宮尾山山麓。当初、宮内部落に須佐神社が創建されたのが、おそらく西暦160年頃で第24代稲田宮主益成の時。淳和天皇の天長年間 (西暦 824 ~ 833) に、現社地に遷されたのはなぜ?

そのほか、お砂取りもしてくると言うので、サロンのお客様にもお渡しできますように「どっさり」とお願いしておきました。お砂取りは、神在月に神様が降臨される「稲佐の浜」の砂を、出雲大社内の「素鵞の社(スサノオを祀っている)」の砂と交換すること。スサノオのパワーがいただけます。
サロンのお客様に、この砂をお渡しした直後、「交通事故から免れた」というお話もありました。その他にも、お客様から嬉しい報告を連続聞きました。(ホントの事)

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