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【コラム】神話の国出雲・神々の国出雲(6)

コラム

こんにちは。埼玉県富士見市のスウェディッシュマッサージサロンMITSUKOのセラピストの夫です。

江原智之さんは、「日本一のパワースポット/須佐神社」の中でも本殿裏手にある樹齢約1,300年の大杉の周りが最もエネルギーが強いと言われています。

素戔嗚尊が宮尾山に霊を鎮め、その山麓にあった須佐神社が現在の場所に遷宮したのが今から約1,200年前。

須佐神社の神職の方に伺いましたら、現在の須佐地区に遷宮した時には、すでにこの杉はあったそうです。なので、正確な樹齢が分からず、約1,300年としているとのこと。なぜ大杉の周りが最もエネルギーが強いのでしょうか?ただ凄いエネルギーをビリビリ感じたのは事実。「須佐神社の不思議」としておきましょう。

さて、須佐神社宮司家の歴史について。出雲の国風土記に、「須佐家の祖先の第24代、稲田宮主益成の時(西暦160年)に、国土開発に功のあった末裔ということで須佐国造(くにのみやつこ:地方を治める公務員と同意)に任ぜられた」とあります。

須佐神社の宮司様は現在第79代で、苗字(みょうじ)は須佐。ところが、祖先の第24代の苗字は稲田です。

素戔嗚尊は、「この国は小さいが良い国だから、・・・」と、この土地を「須佐」と命名したんですが、ヤマタノオロチを退治して、クシナダヒメと結婚すると、須佐の土地をクシナダヒメの父「アシナヅチ」に守るよう言い、夫婦で別のところに引っ越しちゃったんです。クシナダヒメは稲田姫とも呼ばれますので、須佐家の祖先は「稲田」という苗字だったのではないでしょうか。

素戔嗚尊夫婦の引っ越し先が、島根県雲南市大東町須賀にある須我神社。ここが素戔嗚尊夫婦の住まいとして建てたとされる社と言われています。奥出雲といって、凄い山の中です。

では、稲田家から須佐家に途中で苗字が変わったわけですが、初代の方から現在の第79代の方まで、ずっと宮司さんをなさってたんでしょうか?
これも須佐神社の神職の方に伺いました。すると、須佐家の家系図は保管されているものの、宮司の任についたのが何代目かは分からないそうです。少なくとも初代とか、そんなに初期ではないとのこと。

また、途中、神職を離れた代(須佐家の空白の宮司)が何度かあり、その代には知り合いの宮司様にお願いして、須佐神社の宮司も兼任してもらっていたそうです。

つづく。

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